サクソフォンの神様、サクソフォンの父、などと称されるミュール。ミュール無しには今のクラシカル・サクソフォンは考えられない、という点については、誰も否定できません。
ミュールは1901年6月24日、パリに程近いオルヌ県オーブに生まれました。8歳の時にアマチュア吹奏楽団の指揮者だった父親の進めでサクソフォンを始め、9歳でヴァイオリン、12歳でピアノを習いましたが、1912年にはアランソン、1914年ルーアンでのコンクールのサクソフォン部門で1位をとる神童ぶりでした。師範学校に入学していったんは故郷の学校の先生になりますが、音楽教師を目指してヴァイオリンを勉強をするためにパリに出て、カサドに師事して和声・対位法・フーガを学びます。1921年に徴兵年齢となり歩兵第5連隊に入隊、軍楽隊でサクソフォンの担当になります。
当時ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のサクソフォン吹きだったコンベルが、ミュールの軍楽隊での活躍ぶりを聴き、ギャルドの入隊試験を受けるよう強く働きかけます。1923年に試験を通ってギャルドのメンバになり、2ヶ月後には早くも主席奏者になりました。ミュールはギャルドで吹くかたわら、ナイトクラブやレストランなどでジャズやポピュラー音楽も吹いたりしていました。後に1928年にオーケストラでの演奏を手伝うようになってからはクラシックに専念しますが、しかしこの経験が彼の奏法に大きく影響しているのは明らかでしょう。
1928年には、ギャルドのメンバでギャルド・レピュブリケーヌ・サクソフォン4重奏団を結成します。この4重奏団は、サクソフォンの特性である、高音から低音までバランスの取れた響きと、運動性に優れ、グラズノフやヴェローヌ、クレリスといった作曲家が早速レパートリを提供しました。最終的には 50人を超える作曲家から作品の献呈を受けています。ちなみに、当時アメリカンスタイルのアンサンブルはAATBだったそうで、SATB編成のギャルドはその後のアンサンブル団体に大きな影響を与えました。
1930年代になるとミュールは多忙を極め、1936年にギャルドを退役し、自らの4重奏団を組織します。(ギャルド4重奏団はミュールの退役後も存続し、現在はパリ5重奏団として活動を続けています。)この前年の1935年に、ユニークな作曲家を多数輩出したことで名高いナディア・ブーランジェに学び、これが縁でピエルネ、トマジ、F.シュミット、リヴィエといった作曲家からレパートリの提供を受けます。これらのレパートリは、言うまでもなく現在も貴重なサクソフォンのスタンダードとして演奏されています。
1942年にはパリ音楽院のサクソフォン科の初代教授に任命され、後進の指導に励む一方、演奏活動を続けましたが、1960年に独奏、1966年に4重奏の演奏活動を止め、1968年には教授も引退します。この間、100曲を超える編曲をはじめ、多くの教則本・練習曲集を残しました。また、録音も18枚のSP、8枚のソロ・4重奏のLP録音を残しています。引退後は南フランスの海岸沿いの街で、余生を送り、2001年に6月には世界で100歳の誕生日を祝う催しが行なわれましたが、2001年12月18日に息を引き取りました。
以下でご紹介した以外に、入手しやすい音源として、山野楽器から「マルセル・ミュールの芸術」(YMCD-1052)がリリースされています。私も持ってますが、ご紹介したアルバムの音源と重複するので、ここでは省略しました。
フランスのサクソフォン協会が製作したものらしく、売り物ではないのか、CDショップには出回らず楽器店にあったのを購入しました。2枚組でけして安くはなく、しかも他のCDと重複する音源もありますが、おそらくソロ活動後半期と思われる演奏ではヴィヴラートの質に変化を感じ、時代とともに奏法を進化させていったんだなぁ、と思いした。
ステレオ・モノラルさまざまな音源があり、一部ミュール自身の講演も収められています。ミュール自身の肉声はもちろん、解説もすべてフランス語のため理解できずに困っていたのですが、同じテイクはAmerica's Millenium Tribute to ADOLPHE SAX Volume 7に英文による解説が載っていました。
なおこのCDは、アンサンブル仲間で「Saxofan」管理人の木村匡伸氏の紹介で、また同じくアンサンブル仲間のおのじゃこと小野沢氏の情報を基に入手しました。感謝!
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ミュールとその後継者の演奏を集めた3枚組CDの1枚です。(残りの2枚の内容はロンデックス、デファイエ4重奏団のページをご覧ください。)以下のCDすべてにいえることですが、SPからの復刻ゆえ、短い曲がほとんど(場合によっては曲がカットされている)ですし、ノイズが大きく聞き苦しい点はありますが、当時ミュールがどういう音色で人々を魅了していたか、その片鱗が伺えます。サクソフォンに興味のある方は、一度は耳にしてほしいCDです、といいたいところですが、3枚組というのが玉に傷で、その点後述するCDの方が購入しやすいでしょう。あと、もう少し丁寧な解説がほしいです。
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こちらはClarinet Classicsからのリリース。一部上記EMI盤と音源がダブってますが、技術者の腕のせいかこちらの方が状態はよいですね。それぞれの音源についてソースを明示してるのも、立派(というより当然でしょうか)。1曲だけギャルド時代の先輩にあたるコンベルの演奏も収録されていて、ミュールの演奏と比較すると、ミュールのオリジナリティが確認できます。このレーベルからは、ミュールと同時期に活躍したヴィドーフのCDもリリースされていて、こちらも聴きものです。
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前作が好評だったためか、第二弾です。こちらにもなぜか1曲、ギャルド・レピュブリケーヌ・サクソフォン4重奏団のアルト吹きのロンビーの演奏が収録されてます。個人的には、昔の歌やおばあさんの歌が収録されているのが嬉しいです。
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「サクソフォンの芸術」と同一音源、フランス盤です。コメントは上述のアルバムをご覧下さい。最近はずいぶん値下がりしており、日本でも店頭で3,000円を割る価格で並んでいるのを見かけます。
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グリーンドア出版からリリースされたミュールのアルバム。音源としては既出のものばかりですが、クリストファー野沢氏による復刻は、他のアルバムより確かに鮮明にミュールの音色を拾っているように聴こえます。また、解説が日本サクソフォン協会の役員でミュール氏とも親交のあった松沢増保氏というのもポイント(なんですが、もっと松沢氏の文章を読みたかった、、)。
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グリーンドア出版による復刻の第2弾は、1950年代、ミュール氏の円熟期に録音された本格的なオリジナル作品のアルバム。モノラル録音によるLPからのデジタル化ですが、音質はこれまでのミュールの復刻盤の中では最もよい状態のひとつで、息遣いや音楽作りがよく伝わってくるのは嬉しい限りです。演奏スタイルはモダンな奏法ではありませんが、しかし単に声高に音楽を推し進める大家的な演奏ではなく、曲の細部まで端正に見据えた上で充分に共感を持った音楽作りは、サクソフォンのファンでなくても素直に受け入れられるでしょう。どの曲もすばらしい演奏なのですが、中でもボノーやボザでは、豊かな音色とため息をついてしまうほどのすばらしい技術、そしてそれが技術の披露に終わらず曲の核心に迫っていくことにあらためて驚かされます。一方パスカルやランティエのようなメロディ主体の小品では、端正さの奥に歌心があふれているのを聴くことができるでしょう。このCDを聴くことはけして懐古趣味ではなく、クラシカル・サクソフォンという歴史の長くない音楽の中で、何が普遍的なものなのかを再認識することではないでしょうか。
なお、ここでの曲名・作曲者名の表記は、当サイトのほかの個所との記述を揃えるため、CDのジャケットとは異なる表記を採用しています。
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既にCD化されている音源と重複するものもありますが、モノラルとはいえかなりいい音質で聴くことができます。その音から伝わってくるのは、切れば血が出てくるような生々しい音楽の躍動感、生命力。音量を上げて聴けば、その力強い演奏に、ノックアウトされてしまいそうです。クレストンやモーリスのゆっくりしたテンポの部分でも、けして音楽は停滞せず、大きな拍の中で音楽がしっかり脈を打っていることを感じ取ることができます。またソナタ・ユースカルディナクやカプリスでは、それぞれの曲のキャラクターを掴んで確実に音化していますし、ピエルネは曲の持っている万華鏡のような響きのすべてがこのCDの演奏から聴こえてきます。マルセル・ミュール自身が切り拓いてきた、サクソフォンの可能性を確認できる、すばらしいアルバムです。
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ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の、レコーディング開始100年を記念して(ちょっと企画が苦しい気もしますが)、20枚単売でEMIの所蔵する音源を中心にアルバムがリリースされました。このうち、最後7枚がソリストの演奏を収録しており、18〜20枚目の3枚が「ミュールの芸術」としてSP復刻を中心に編集されています(ただし、以下の品番を見ると、ミュールは当初1枚の予定だったのが、後から2枚追加になった、と深読み)。そのほとんどは上記で紹介したものと重複する(もっともエンジニアやSP盤の保管状態が異なるので、聴こえてくる音は異なるかもしれません)ので、金銭的な事情により (^^; まだ聴いていない音源が一部収録されていたこの1枚のみ購入しました。プログラムをみておわかりのとおり、オーケストラとの共演、ソロ参加が集められており、サクソフォン・ファンならずとも往年のフランスの管弦楽の音色を懐かしむ人にはたまらない内容であるといえるでしょう。って、私もその一人なんです。
ミュールの演奏についてはいまさら言うことはほとんどありませんが、あえて一つだけコメントするとすれば、どの録音でも圧倒的な存在感を示していることはやはり驚異的。まさにサクソフォンのカザルス、との評に頷くしかありません。
なお、ミュールの演奏が収録されている他2枚は、以下の品番です。(EMIのパンフレットより)
第18集「昔の歌」〜マルセル・ミュールの至芸II (TOCE-55232) | |
メヌエット(ボッケリーニ)、トロイメライ、スケルツォ(ハイドン)、心の動揺と愛の告白(ラフ)、セヴィーリャ、かくれんぼう、スケルツォ(ボザ)、昔の歌、おばあさんの歌、グラーヴェとプレスト、民謡風ロンドの主題による序奏と変奏 他 | |
第19集「アンダルシアの騎士」〜マルセル・ミュールの至芸 (TOCE-55233) | |
ラプソディ(ヴェローヌ)、カンツォネッタ(ピエルネ)、牧人たち、才たけた貴婦人、美しきロスマリン、金婚式、インドの歌、ユーモレスク、マールボロによる変奏曲、スケルツォ(シューマン)、アンダルシアの騎士、つむぎ歌 他 |
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1950年、カザルス主催による第1回プラド音楽祭のライヴ録音。バッハ没後200年ということで、オール・バッハ・プログラムとなっています。スペインを亡命しピレネー山脈の小さな山村に移って公式演奏を拒否したカザルス。そんなカザルスを担ぎ出そうと、フランスを始め多くの演奏者たちたが集って開かれた演奏会であり、例えば、ピアノのゼルキンにハスキルにイストミン、ホルショフスキー、ヴァイオリンのスターンにシュナイダー、チェロのトルトゥリエ、ファゴットのアラール、ホルンのテーヴェ、、と、参加メンバーをチェックするだけでもクラクラしそうです。そんなシチュエーションのライヴゆえか、演奏には音楽を奏でる喜びが至るところに溢れているように感じます。
ディープなサクソフォン・マニアなら、この録音のCD化がどんなに待ち遠しかったことでしょう。そう、マルセル・ミュールがブランデンブルク協奏曲第2番で、トランペットのクラリーノ音域をソプラノ・サクソフォンで代用して吹いているのです。聴いてみると、なるほどソプラノ・サクソフォンのストレートな音色は、トランペットの明るく輝かしい音色にも似て、しかも機動力と音色の芳醇さが加わり、ユニークな記録になっています。音楽の運びが躍動的に感じるのは、ライヴゆえでしょうか。資料的価値の高い録音ですが、5枚組みでけして安くはなく、サクソフォンの、それも熱烈なファン限定のオススメ盤。
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アマゾンでこのCDをチェック! (いずれも異なる商品だが同音源) |
こちらはプラド音楽祭に先立つこと4年前、オット・クレンペラーの指揮によるVOXBOXレーベルへのスタジオ録音。ステレオのシャープな録音に慣れてしまった耳にはこの音質には不満も少なからず。また一部クレンペラーでない指揮者による録音がつがれている音源があったり、などとヒストリカルな録音にありがちな"伝説"にも事欠きません。まあ、実は私、クレンペラーという指揮者、多くを聞いているわけではありませんがけっこう好きだったりするのですが。
幸なことに、ここに録音されたブランデンブルク協奏曲第2番でも、プラド音楽祭と同様、トランペットをミュールのサクソフォンで代用したの演奏を聞くことができます。というより、こちらの録音のほうが先になります。勢いのあるライヴ録音の華やかさに比べ、スタジオ録音ならではの腰を据えたアンサンブルの妙を感じることができました。個人的にはこちらの方が好きかな。なぜ、変わり者?の巨匠?クレンペラーがなぜミュールを起用したのか、知りたいところではあります。その後の再録音ではサクソフォンは参加していないわけですし、、。しかし、天国のミュール氏、古い録音のCD化を喜んで買っていくのをご覧になって、どう思われてるでしょうねぇ、、、
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